ヴィジュアル系バンド「Plastic Tree」のボーカルとして活躍し、現在はエッセイストやファッションモデルなど幅広く活動をされている有村竜太郎さん!!
今回はそんな有村竜太郎さんの『病気』の情報にスポットを当てて紹介します。
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有村竜太郎は『病気』を患っていた
現在はエッセイストやファッションモデルとしても活躍されている有村竜太郎さん。
そんな有村竜太郎さんは、過去2010年12月21日に『ギラン・バレー症候群』を患っていたことが分かったのです!!
2010年12月15日にリリースされたニュー・シングル『みらいいろ』がオリコン・ウィークリーチャートで初登場10位を記録し、好調な滑り出しをみせていたPlastic Tree。
しかし、12月25日夕刻にオフィシャル・サイトにて12月28日・29日にJCBホールで予定されていた『年末公演 ~ゆくプラ くるプラ~』の中止が急遽発表された。
オフィシャル・サイトによれば、ボーカルの有村竜太朗は12月21日に高熱を出して翌日に体の脱力感を訴え入院。
検査の結果、「ギラン・バレー症候群」と診断された。
有村の強い希望もあり28日のライブを実施する方向で話し合いが進められたが、担当医師の助言により公演中止という結論に至ったという。
「ギラン・バレー症候群」・・・あまり聞きなれない名前の病気です。
この突然の発表に、ファンからは・・・
・大丈夫ですか!?早く治って綺麗な歌声をまた聴かせてください!!
・有村竜太郎がギランバレーって。どうしよう・・・下手したら歌えなくなるんじゃ・・・。
・ギランバレームカつく。有村竜太郎に何かあったらギランバレー呪う。
などの心配の声が相次いでいたそうです。
あまり無理しないで欲しいですね・・・。
難病:ギランバレー症候群とは?
有村竜太郎さんが患った『ギラン・バレー症候群』について調べてみると、『特定疾患』の難病であることが分かったのです!!
ギラン・バレー症候群は、感染症やワクチン接種などをきっかけにして発症する神経疾患のひとつです。
原因となるきっかけからおよそ1~3週間後に足に力が入りにくくなったり、しびれたりするなどの神経症状が現れます。
症状を自覚する部位は下肢(足)に留まることなく、手や顔面・呼吸機能などにも影響が及ぶことがあります。
その結果、階段を上りにくい・食べ物を飲み込みにくい・呼吸が苦しいなどの症状を覚えることがあり、人工呼吸管理が必要になることもあります。
ギラン・バレー症候群は人口10万人あたり年間1~2人ほどの発症数であると報告されており、年齢に関係なく発症します。
この病気は厚生労働省が定める特定疾患に分類され、難病指定の疾患の一つでもあります。
難病・・・厄介な『病気』を有村竜太郎さんは患ってしまったのですね。
さらに『ギラン・バレー症候群』について調べていくと・・・
—原因
ギラン・バレー症候群の発症には、感染症やワクチン接種が関係していると考えられています。
細菌やウイルスに感染すると免疫反応が誘導され、人間の神経を攻撃してしまう抗体(自己抗体)がつくられてしまうことがあります。
この自己抗体が神経を障害することで、ギラン・バレー症候群が発症すると考えられています。
体の中にあって病原菌を退治してくれる抗体が悪さをしてしまうという事ですね…
また、ワクチンや薬剤でもこのような免疫反応を誘導することがあります。
原因となるワクチンや薬剤は多岐にわたりますが、インフルエンザワクチンなどがあります。
—症状
感染が原因の場合は、感染症の発症後、約1?3週間以内にギラン・バレー症候群に関連した症状が現れます。
初発症状は、
・足が動かしにくい
・しびれ
などが多いです。
神経症状ははじめ下肢に現れますが、徐々に腕や体幹・場合によっては顔面にまで広がることもあります。
運動機能に障害が生じることが多く、階段を上りにくい・手に力が入りにくいなどの症状から始まります。
より症状が進行すると、
・ものが二重に見える(眼球周囲の筋肉の麻痺)
・ものが飲み込みにくい(飲み込みに関わる筋肉の麻痺)
・息苦しい(呼吸に関連する筋肉の麻痺)
などの症状がみられるようになります。
また、自律神経系にも異常が及ぶことがあり、排尿障害や不整脈が現れる場合もあります。
息苦しいとかものが飲み込みにくいとか…生死に関わる病気なんですね。
—ギラン・バレー症候群の進行
神経症状が徐々に悪化していくことがギラン・バレー症候群の特徴ですが、およそ4週間の経過で症状がピークに達します。
症状の強さにもよりますが、数か月の経過で症状が改善していきます。
なかには麻痺を残すこともありますし、最悪の場合は呼吸不全から亡くなってしまう方もごくまれにいます。
難病でもあり、死に至るケースもあるということが分かったのです!!
そうなるとファンは心配になってきますよね。
2011年1月21日に完全復活
突然の麻痺に襲われるとなると、ゾッとしてしまいます・・・。
そんな『ギラン・バレー症候群』を患った有村竜太郎さんでしたが、発症から約1年後の2011年1月21日のメディアの報道で完全復活を遂げたことが判明したのです!!
ヴォーカルの有村竜太朗が難病であるギラン・バレー症候群との診断を受け、2010年12月28日(火)と29日(水)に東京・JCBホールにて開催予定だった〈年末公演 ~ゆくプラ くるプラ~〉を中止したPlastic Tree。
このたび彼の病状が回復したことがアナウンスされ、ライヴ・ツアーの開催とニュー・アルバムの発売が決定した。
有村の復帰ツアーとなる〈Plastic Tree ライブハウスツアー2011「アンモナイト(小)」〉は、3月14日(月)の東京・赤坂BLITZ公演を皮切りに、全国21か所を巡回。
会場はライヴハウスが中心となっており、これまでの公演よりさらに近くで彼らのパフォーマンスを体感できる絶好の機会となっている。
Plastic Treeは、今年も精力的な音楽活動を展開していくとのこと。
今後の活躍からも目が離せない。
下手すると歌手生命まで絶たれてしまう可能性もあった『ギラン・バレー症候群』。
復帰することが出来て本当に良かったと思います!!
清春との対談で当時の心境を語る
そんな有村竜太郎さんは、2016年12月15日に某メディアで「SADS」のボーカル・清春さんとの対談を行った際に『ギラン・バレー症候群』を患った当時のことを語る場面があったそうなのです。
清春:竜太朗くん、入院したよね?
有村:はい。オヤジが亡くなって2~3ヶ月後に(ギランバレー症候群で)入院しましたね。
清春:ビックリしてお見舞いに行って。
有村:年末の忙しい中、地方から来てくれて。
清春:優しいでしょ?(笑)
有村:優しいですよ~。
――それは感動しますね。
清春:今だから冗談で言えますけど、当時は本当に心配で。Yahoo!ニュースで見て“マジ? せっかく仲良くなれたのに”って。
有村:2日間ぐらい首の下が動かなかったですからね。
幸い3日間ぐらいですぐ回復に向かったので、清春さんが来てくれた時には上半身が動くようになったんですよ。
で、「あれ? 髪の毛、サラサラじゃん」って言われて。
清春:入院してるクセにサラサラなんですよ。
有村:やー、清春さんがお見舞いに来てくれるっていうから、朝、病院のシャワーの予約とったんですよ。
――清春さんパワーもあって回復も早かったのでは?
清春:いや、いや。お父さんのことも聞いていたから、続いててかわいそうだなと思ったんですよ。精神的にくるじゃないですか。
有村:そうですね。原因不明の神経系の病気だから、そういうのもあったのかなって。
父親が亡くなった時も実家の千葉から東京に帰る途中、レインボーブリッジで清春さんに電話したんです。
喪主だったので、全部終わった後に話して恥ずかしながら号泣したのを覚えてますね。
清春:僕も喪主だったからね。
有村:こういう仕事をしていることを(親は)喜んでくれた部分もあるけれど、どこか後ろめたいところもあって。
いろんなことを清春さんに相談していて。
父親の死が、有村竜太郎さんが『ギラン・バレー症候群』発症させた何らかの起因があったのでしょうね。
清春さんの存在も、有村竜太郎さんにとっては救いだったのではないでしょうか?
『難病』を克服して尚、精力的に歌手活動を続けている有村竜太郎さんの今後の活躍もこうご期待です!!
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